【社労士解説】賃上げ3年連続5%台の今こそ見直す「賃金・等級制度」の落とし穴
毎年ベースアップをしているのに、なぜか中堅社員のモチベーションが上がらない。「頑張っても評価が変わらない」という声が、こっそり人事に届いている——そんな経験はないでしょうか。
賃上げそのものが悪いわけではありません。問題は、賃上げの流れに制度が追いついていないことにあります。
2026年春闘では連合第1回集計(2026年3月23日時点、1,100組合)で賃上げ率が5.26%と、3年連続で5%を超える高水準を記録しました(出典:労働政策研究・研修機構「2026春季生活闘争第1回回答集計」)。中小組合でも5.05%と、賃上げは今や規模を問わない流れとなっています。
しかし、制度をそのままにしてベースアップを続けると、思わぬ歪みが生まれます。本稿では、その「落とし穴」と、人事制度再設計のポイントを社労士の視点から解説します。
1.ベースアップが生む「賃金カーブのフラット化」問題
2.年功型等級制度が招く「役割と報酬のズレ」
3.「ジョブ型」導入の失敗例に学ぶ、制度設計の3原則
4.賃金制度見直しの実務ステップ
5.中小企業こそ「制度の公正さ」が採用・定着の競争力になる
6.まとめ
■ベースアップが生む「賃金カーブのフラット化」問題
毎年一律のベースアップを積み重ねると、全ての階層における昇給率も伴わない限りは、若手と中堅・ベテランの賃金差が年々縮小していきます。極端には入社3年目と10年目の賃金がほぼ同水準になってしまう、といった状況です。
賃金カーブのフラット化が進む中、30代・40代のミドル層を中心に「長く頑張っても報われない」という感覚が広がりやすくなります。こうした不満が蓄積すると、組織のコアを支える中堅人材の離職につながるリスクがあります。ベースアップ自体は必要です。しかし、それだけでは不十分であり、「誰が・何に対して・いくら報われるか」を制度として明確に設計し直すことが、これからの賃金管理には求められています。
■年功型等級制度が招く「役割と報酬のズレ」
勤続年数や学歴に連動した伝統的な等級制度では、実際の職責・成果と賃金が一致しない状況が生まれやすくなります。
特に近年は中途採用の増加や職種転換が進んでいることから、「同じ仕事をしているのに賃金が違う」という不公平感が表面化しやすくなっています。また、優秀な人材ほど外部の転職市場と自社の処遇を比較し、ギャップを感じたときに動き出します。
等級制度の役割定義が曖昧なままでは、評価も賃金設計も「なんとなく運用」になりがちです。まずは等級ごとに期待する役割・成果・行動を言語化することが、制度再設計の第一歩となります。
■「ジョブ型」導入の失敗例に学ぶ、制度設計の3原則
「ジョブ型を導入しようとしたが、職務定義が難しくて頓挫した」「管理職候補が育たなくなった」という声も多く聞かれます。制度設計において重要なのは、ジョブ型かメンバーシップ型かという二択ではありません。
自社の実情に合った制度をつくるための3原則として、以下を押さえておくことをお勧めします。
①自社の事業モデルと人材戦略に合わせた設計をする
業種・組織規模・成長フェーズによって、最適な制度は異なります。他社事例の横展開ではなく、自社の文脈から設計することが前提です。
②役割・成果・能力を組み合わせた複合的な評価軸を持つ
どれか一つに偏ると制度の歪みが生じます。「何をする人か(役割)」「どんな結果を出したか(成果)」「どんな力を持っているか(能力)」を組み合わせた評価設計が安定した運用につながります。
③現場マネージャーが運用できる「シンプルさ」を担保する
どれほど理論的に精緻な制度でも、現場で運用されなければ意味がありません。評価基準の数を絞る、判断基準を具体的に書く、といった「使いやすさ」の設計が不可欠です。
■賃金制度見直しの実務ステップ
制度改革は「全面刷新」ではなく、段階的な着手が現実的です。以下のステップで進めることをお勧めします。
まず、現状の賃金分布を可視化します。等級別・年次別に賃金データを整理し、カーブのフラット化や逆転現象がないかを確認します。次に、等級ごとの役割定義を明文化します。「この等級の人に期待していること」を具体的な言葉で記述することが、評価制度との連動につながります。そして、現行の評価制度と賃金制度の整合性を確認します。評価結果が賃金に適切に反映される仕組みになっているかを点検します。
なお、賃金規程の改定は就業規則の変更を伴います。特に不利益変更にあたる場合は、労働者への丁寧な説明と合意形成が必要です。この点は私たち社労士や専門家への相談を活用することをお勧めします。
■中小企業こそ「制度の公正さ」が採用・定着の競争力になる
大手が初任給を大幅に引き上げる中、賃金の「額」だけで競争することが難しい中小企業にとって、制度の「公正さ・透明性」こそが差別化になります。
「頑張れば報われる仕組みがある」「自分のキャリアの先が見える」という環境は、採用候補者にとっても在籍中の社員にとっても、大きな安心材料です。賃金制度・等級制度の整備は、単なる内部管理の話ではなく、採用競争力と定着率に直結する経営課題です。
■まとめ
3年連続の賃上げは、社員の期待値を確実に引き上げています。しかし、制度が現実と乖離したまま放置されると、せっかくの賃上げ効果が薄れ、優秀な人材ほど先に離れていくという逆説が起きかねません。
新年度は、制度の「中身」を問い直す絶好のタイミングです。「なんとなく運用している」「何年も見直していない」という方は、ぜひこの機会に現状の点検から始めてみてください。
汐留社会保険労務士法人では、賃金制度・等級制度の設計から就業規則・賃金規程の整備まで、人事制度コンサルティングを総合的にご支援しています。お気軽にご相談ください。
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